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馬鹿は死ななきゃ直らない

仏暦2552年04月26日 日曜日

 人を呪わば穴二つ。人を馬鹿呼ばわりする者は己がより愚かである事を覚悟すべきですが、何しろ世の中の作りそのものが長年少しづつ狂って来た所に、バブル崩壊以降何度も襲ってきた不景気により余裕を失い、すっかり人々の頭の中は混乱し切っているように見えます。

 であれば、様々なことをヨクヨク見聞し、少しづつ色々な事を分解し、様々な観点から照らし出し、筋道立てて考えてみて、何が本当に愚かなことなのかを探知しないことには、これはなかなか世の中はすんなりとは動かないものでしょう。

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 人気タレント・草薙某君、深酒の挙げ句東京都心の公園にて全裸にて大声を発し、近隣に迷惑を及ぼし逮捕との由。

 まぁ、馬鹿なことと言えばそれまでなのですが、妙なストレスが何かと多いであろうこの仕事をする人々がかかる奇矯に及ぶのは良くあること。メンタル・ヘルスを彼ら彼女らに施さず彼ら彼女らが不適切なストレスコントロールをやってじたばたするのもまた商売のタネなのかも知れませんが、何事も程度問題。ストレスが多いことをきちんと認め、もう少しきちんとした対策を取るべきでしょう。

 むしろ、どうも違和感があるのはこの件をマスコミがしつこく報道する事。はっきり言って微罪、それも初犯。芸能ニュースで派手にやってくれ、一般ニュースではもっと重要な話が幾らでもある筈です。日本になくても世界に幾らでも重大なニュースがあります。

 この件、馬鹿なのはマスコミと言うこと。

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 そう言えば、一時期猥褻図書を世の中から駆逐しようという動きをする人たちが大勢いたのですが、考えてみれば猥褻図書を仕切りもしないで一般図書と並べて売る書店こそが問題の根源でした。挙げ句魔女狩りよろしき猥褻文書狩りの一時的な狂乱が過ぎてみれば、淫猥なる雑誌等が各種文庫等と同じ並びの棚で売られている書店はあちこちにあります。

 草薙某君の扱いは芸能ニュースで十分、と言った時、廣島はこの歴史をふと思い出したのでした。駄目書店と同じレベルに天下の大マスコミ様方が下がってきたと言う事。

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 ところで、草薙某君は実は日常的に深酒をしていて、ぎりぎりまで飲むことを繰り返していた由。

 ある意味、凄まじいコントロールをしていた訳です。アルコールも立派なドラッグの一種。それをコントロールする事はできるのだ、と言うこと。

 まぁ、今回はコントロールがぎりぎりの所で壊れてしまったようですが。仕方なくぎりぎりのところでコントロールをし続けて働き続ける人のコントロールが何かの事情で破綻したが最後、馬鹿呼ばわりされ袋だたきにされるのは、どうも昨今良くあることのように見えます。

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 大阪市営地下鉄の助役、運転士時代から20年余に亘り覚醒剤を常用していた事が発覚した由。

 多くの人々は、タバコとアルコール以外のドラッグは人を直ちに乱用に走らせ、破滅させるものだと固く固く固く信じ込んでいます。と言うよりも、タバコとアルコールは”ドラッグではない”とアタマの中で勝手に変換しているらしい。この信念に反して、この助役氏は覚醒剤をコントロールしていた、と言う訳です。

 この件と草薙某君の件を併せて考え、また世の中に酒で身を持ち崩す人があまたいることを考えれば、

「使わないのを含めて、ドラッグを人はコントロールできるのだ。するべきなのだ。」

と言うことを見て取ることが出来ます。先般、このブログで紹介した「チョコレートからヘロインまで」が記すとおり。

 タバコやアルコールがドラッグであることを認識せず、方やこれら以外のドラッグは直ちに人を破滅させるものだと言う単純な連想ゲームに浸っていることが、この場合の馬鹿。何しろ、現にそこに証拠となる事件が発生したのに分からないのですから。

 とは言え、強力なドラッグは一般的にコントロールが難しいのも確かではあります。だが、弱いドラッグはあまりチョイスされなかったりします。

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 数週間前、夜中にトントン…と言う音が幽かにするようになりました。廣島が巣くうマンションは鉄骨鉄筋コンクリートながら隣戸との壁は上から下までぶち抜きの鉄筋コンクリートです。よって、普通に暮らしていれば音は伝わらないのだが、壁を固いもので叩くとかなり遠くの戸迄音が伝わってしまう。音の性質と状況からして、どこぞの家が夜中にこのコンクリートの壁に釘を打っているのは明らかでした。

 この音は夜中に何度か起こり、その都度外から見てみて、どうやら何階のどこそこだ、と見当がつくようになりました。流石にそろそろ管理人に言わなければ…と言う頃に、音はようやっとしなくなりました。

 この夜中の釘打ち人は、4つの点で馬鹿としか言いようがありません。

 第1には、そもそも分譲マンションではかような壁面内部も共有部分の扱いになっており、よって壁に釘を打つのは共有部分を個人が勝手に弄くる事になるので、禁止なのを知らない、と言うこと。まぁ、でもこれはかなり厳密な法律の知識ではあるから、知らなくても必ずしも馬鹿とは言えないかも知れない。

 第2には、このような固い壁を叩くと遠くまで音が伝わる、と言う事を知らない事。道路脇の長い柵あたりを叩いて耳をつけて音を聞き、随分遠くまで音が伝わるなぁ、と言う遊びを子供の頃にした人は直ぐ分かることです。だが、日本は理科教育をロクにやっていませんし、子供たちはどんどん遊びを奪われています。こういう事も知らない人の方がむしろ多いのかも知れない。

 第3には、このマンションの壁は構造上柱の一部であり、それに傷を付けることが怖いことかも知れないのを知らないし、恐ろしいと思わないこと。なまじ世の中の様々なシステムが多重安全防護が施してあるせいか、本質的に危険なことを平然とやってしまう人が多い。まぁ、でも壁が実は柱なのだと言うことも、かなり難しい建築工学の知識ではあるかも知れず、また釘の数本が刺さったとしても大きくヒビが入るのでもなければどうと言うこともないのかも知れないから、それを恐れないと言うのもあながち非難すべきではないのかも知れません。

 だが、第4の馬鹿ぶりはどうか?やってみれば分かるのですが、

「コンクリートには普通の釘は打てない、文字どおり入っていかない (^_^;)」

のであります。実際、釘を打つ音は毎回かなりの時間延々と続きました。その間、音の位置は変化したようには感じられませんでした。つまり、かの釘打ち人は、延々と釘をコンクリートに打ちつけては入っていかない〜を繰り返していたんであります。

「やってみて直ちに上手く行かない、のが分からない」

のは、これはもう基本的なところで馬鹿と言わずんば何でありましょうか。

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 先般から記している廣島の巣くっているマンションの東側に広がる2か所の土地。東に隣接してより狭い方の土地の流行らない駐車場が突然閉鎖になったかと思ったらば、そこは何を建てるでもなし。

 方や、別の地主の敷地で、その地主の屋敷だった広い土地で、突然工事開始。何か、と思ったらば砂を入れてその上にアスファルトを敷いて…単なる駐車場にしつつあります。クルマを少なからざる人たちが手放し始めた現代において、しかもその西側の駐車場がロクに埋まらずに閉鎖になったのに、一体何を考えているものやら。工事の様子を、閉鎖した駐車場の地主が何度も覗いていました。

 おまけに、それなりの面積の土地をアスファルト敷きにしたものだから、雨水が浸透せず、歩道に大量に流れ出すようになりました。迷惑。

 これらの地主は怠け者と呼ぶべきでしょうか。店屋でも建ててそこで働こうと言う気も全くないようですから。でも、目先の損得と意地の張り合いに終始するよりも、気持ちよく働いた方が人生は楽しいものです。どちらの地主もすっかり頭の禿げた老人なのですが、未だにそれに気づいていない。やはりこれは、馬鹿者。

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 この近所の駅の南口がようやっと再開発開始で、駅前広場と使い勝手の良い駅舎を建設しつつあります。

 ところが、新駅舎に迫るように建っている廃屋一軒。退去を拒んでいる地主がいる訳です。勿論他にもそんな地主はあちこちにいるのですが、ここが駅舎に一番迫っているので最も迷惑。お蔭で、エスカレータの設置が出来なくなっており、老人も含めて皆は苦しみながら階段を上り下りしています。

 では、この廃屋では以前何の商売が営まれていたのかと言えば、まるで流行らないサラ金がありました。一時期、これまた流行らないサンドイッチ屋もあったのですが、要するに世の中には何の役にも立たず、只管そこにあって人々の通行を邪魔していただけだった。まぁ、同じことを続けていると言えばそれだけで、これが昨今流行りのブレない人、と言う訳ですか。

 駅舎建設から工事が始まっており駅前広場はその次。その次に、現在の狭苦しい駅前通りの南に広い道路を平行して作っていく順番になります。ですから、目立たないながらも退去を拒んで迷惑になっている地主は他にも沢山いる筈。御連中は「街作りを考える会」なぞをいきなり作って近隣にビラを蒔いたり、市から金を出させて欧州視察だと称して旅行をしたりしています。単なるタカリとしか言いようがない。勿論、これらの地主たちがやっている商売も地元の人間から見放されているものが殆どです。

 再開発と言うとしばしば土建利権と結託した役所が無理やりやる…と言うパターンが見られるのですが、ここの駅前通りは歩道もない狭隘な二車線でクルマと人の往来が非常に激しい。道路を広げ、駅前広場を広げ、駅舎を広げるのは、利便云々よりももはや安全性の問題どころか、基本的人権の問題になっています。選挙でもどの候補者も推進を訴え、誰も疑義を唱える者はいません。

 マトモに成立する商売をやる能力さえなく、土地にしがみつくことしか考えず、補償金をどう使って新しい人生を作るかにも頭がいかない。加えて、地元の人間から益々冷ややかな目が刺さってくるのも分からない。これらの地主を馬鹿と言わなければ、何なのでありましょうか。

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児童虐待

仏暦2552年04月22日 水曜日

 日曜日、晴れているのに風が不規則に強いものだから楽しみにしていたバトミントンも出来ず、我が子と多摩川方面に散歩に行くことにしました。

 途中、行き慣れたいつもの道、隣の町内会の集会所の建物の奥に公園らしきものがあるのを発見。

 集会所の中では何やら大勢が宴会の最中。その脇を通り抜けて行ってみると、集会所の敷地と一体になった東西に馬鹿に長い土くれ剥き出しの土地。南北はアパートに挟まれて、高く網が張ってあります。古い滑り台とスプリング式のシーソーがあるばかりで、砂場もブランコも花壇もなし。誠に索漠たるところで、穏やかな春の日の午後なのに勿論子供は誰もいません。

 この地区は我が子の小学校の学区の一部ですから、ここが子供たちの良い遊び場になっているならば我が子の耳にも入るハズです。何が楽しそうかと言うような話に子供たちは敏感なものです。だが、我が子もこんな広場の話は知らないと言うのです。

 何もかも自治会で賄うのはいかにも辛い話ですから、せめて遊具は市なり宝くじ協会なりから寄贈を受けて設置してはどうなものか、と思うのですが。遊具を充実させれば子供たちはやってきます。

 ネットを高く張ってある所を考えると、一時期子供たちは球技をここでやろうとしたのでしょう。遊具も砂場もないのですから当然です。それはアパートの住人諸君にとっては迷惑だから、仕方なくネットを張ったのでしょう。非常に”充実している”ネットなのです。”子供が球技をしてしょうがないと言う問題”に対する対策の結果がこれです。子供の遊び場なはずなのに子供に来て欲しくないと言うがごとき”対策”が行われると言うのも、子供の遊び場はもっと周囲に面積を取って、十分なものを作るべきなのにそれをしていないから。これは1町内会がどうのこうのの話ではない問題ですが。

 それにしても大人たちは―多分間違いないことなのですが―町内会のお金で宴会とは。

 方や、東京都はこれまたオリンピックだ、お台場だと言うような事にお金を湯水のように注ぎ込み続けています。そのお金は都の借金、つまりはこの子供たちの未来へのくそ重い”プレゼント”から出資されています。子供たちの了解もなしに。大人たちは皆、子供たちが育つのに必要な施設と場所を奪い続けています。

 子供が遊べる場所と言うのは昔と比べて随分となくなってしまいました。それでいて、やれ子供の体力がない、知力がない、挙げ句は子供の数が減ったとは何たる言いぐさか。ロクな遊び場もないなら、オリンピックに出る若者はいずれいなくなってしまうでしょう。

 子供には遊べる場所が必要です。これらが子供への隠然たる虐待と言わずば、何でありましょうか。未来の資源を、大人たちは食いつぶしています。

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 ところで、先日から記している、廣島が巣くうTマンションの西に建つとも建たぬとも言う遅さでだらだらと作られつつあるLマンション。Tマンションが本権を保有する隣接の児童公園を、Lマンションの未来の住人たちはどう”あしらう”に思いを致せば、眺望を確保するためのオープンスペースとしての利用を主張しようとするのは明白です。

 つまり、子供の声が嫌だ、うるさい、子供を遊ばせるな、と文句を言い出すのは必至であることに思い至りました。

 そうなった時に、廣島はこのさもしい連中の前に立ちはだかって、子供たちの遊び場を守ってやらなければなりますまい。何しろ、廣島はこの児童公園の共同オーナーの一人、なんですから。(^.^)

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 話を戻します。

 この悲惨な自治会児童広場を離れ、廣島父子は更に多摩川方面へと足を向けました。道端に今どき珍しく、スズメノカタビラが沢山生えていました。これはぴーぴー草であり、花穂を抜き、節の上で茎を切って花穂の方を口にくわえて息を吹き込むと、ぴーぴーと良く鳴るのです。

 やってみせたらば、果たして我が子はそのような遊びを知りませんでした。

「子供たちは徹底的に遊びを奪われている」

のでした。

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factに基づかない人々、多分その1

仏暦2551年04月19日 日曜日

 スカイネットアジア航空のさる機長、着陸の際に同乗の訓練係にデジカメで自らの操縦する姿を撮影させていた由。

 このニュースは、職場の食堂で昼食を食べていた際に聞いたのですが、どうにも違和感を感じた事があります。それは、

「ニュースはこの行為が法令違反である事を述べるばかりで、何がどう危険であるのかを述べていなかった」

と言う点です。

 では、廣島はどう感じたのか?真っ先に思ったのは、

「訓練係が撮影?それは、機長としての能力を訓練するために副操縦士のポジションで勤務していたパイロットと言うことではないのか?即ち、着陸と言う旅客機にとって最も危険な時期に、機長だけが操縦を行い、副操縦士は操縦に関わっていなかったのではないか?

 もし、副操縦士とは別にジャンプシートあたりから訓練係が見ていたのだとしても、その係はその機長の適性をきちんと観察し判断するのを怠り、長期的な危険を招いたのではないのか?そもそも機長として完全ではないのだから訓練をしている訳であって、ほんのわずかではあれ、副操縦士共々機長が過誤に陥った場合にバックアップする必要があろう。それをこの訓練係は怠ったのではないのか?」

と言う疑念でした。だが、どの報道もこれには全く触れていません。

 勿論、次に、

「デジカメを動かすのはその漏洩電波の影響の可能性があるから、これまた危険である」

と言うことでした。流石に、一部分のマスコミはこれを付記して記事にしていました。


 まずもって重要なのは、好ましい状態なり事物とは何か、好ましからざる状態なり事物とは何か、を判断すること。民間航空機においてはまずもって、安全が絶対的要件です。それが脅かされている状態が何か、がまずもって判断され、問われなければならない。

 当然その前に、現状は一体どうなっているのか、の判断がなければなりません。ただし、黙ってぼんやり見聞きしていたのでは、何が重要な事項なのかは分かりません。それは単なる”感覚現象”に過ぎないのです。判断、判断、判断。これこそが重要です。そのためには、似たような事象についての記憶なり、今目の前にある事象をもたらすはずの様々な因果を心の中で組み立てる知能が必要になります。

 その次に、好ましからざる状態や事物を排除し、好ましい状態なり事物をもたらすために何をするべきか、何が必要なのかを探求し判断する事、が来ます。

 この決定のほんのごくわずかの一部分として、法律を使って人の行動を縛ると言うことがどこで使えるか、どこで効果を発揮するのか、が問題となります。


 法律に反しているかどうかばかりを報じて、真の問題がどこにあるのかを報じないのは、つまりは

「何も判断しておらず、それは人間として価値ある仕事をしていないと言うことだ」

と思えるのですが。

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読了「チョコレートからヘロインまで」


仏暦2552年04月11日 土曜日

A.ワイル、W.ローセン
邦訳  :1986.9.1
邦題  :チョコレートからヘロインまで―ドラッグカルチャーのすべて
邦訳発行:第三書館

 本書は、主として若い人々に対してあらゆるドラッグ(意識を変容させる物質)に対してまんべんなく知識を与え、もってドラッグを主体的に使用・不使用できるようにすることを目的として書かれている。

 以下に記すように、本書が扱っているドラッグは公平で偏りがない。タバコ、酒、各種カフェイン飲料のように現代産業社会において公認されている薬物も情け容赦なくかつ平等に批判に曝される。コーヒー中毒者等の体験談も巻末に豊富に掲載されている。タバコ広告の写真を掲載し、”タバコ会社が想定する男女のニコチン中毒者”と解説を付けている下りは、爆笑ものだ。記述は徹底的に”そのドラッグはどのような性質を持っており、どこにリスクがあるのか?”を描き出すためにある。主体は読者、即ち良き市民にある。社会が法律を作るのであり(極端には自称神の代理人である国王が作った)法律によって一方的に社会が規定されるのではない事を考えると、本書は優れた民主主義の教科書であるとさえ言えるだろう。勿論、本書は幾つかのドラッグの使用は違法(※記述当時のアメリカ合衆国の法律において)である事を明白に記す。自分たちで作った規則を自分たちが遵守することも民主主義の要訣なのだから。

 本書の優れた点は、社会心理学的な要素がドラッグの作用に強い影響を与えている事を率直に認めていることだ。対して、生化学的決定論は日本において非常に根強い悪癖である。本書のテーマで言えば、あるドラッグは必ず特定の効果を発揮し、必ず人間をかくかくの経路で犯罪者や廢人に追い込む…と言う決定論である。このような硬直した思考は、biochemical syndromeとすら言いたくなる。
 だが実はこの硬直した思考は「日本にあまた見られるごく少数の要因への過剰な傾倒」現象の一つに過ぎない。かつての日本は国家としての”良さ”を専ら軍事力のみに認め、しかも陸軍においては”兵士の勇敢さ”、海軍においては戦艦にのみ拘泥してしまった。戦後はGNPのみへの拘泥等々、同じ間違いを延々と繰り返している。そして今、人間の意識や行動については御同様に”脳科学”、それも生化学的脳科学が跋扈している、と言う訳だ。
 硬直した思考は悪質な宗教を生む。GNPだけを崇拝する人は、人間性を放棄してGNPの奴隷になっている。「自主性放棄・奴隷根性」が人々を支配する。社会と自分自身の主人公である筈の各人が、その量を自ら測定もできなければ理解することも出来ないセロトニンだのGABAだのに支配されているのだと言うお説教は実に鬱陶しいし、自分自身を理解し制御しようとするのに何の役にも立たない。ここに至って、biochemical syndromeはbiochemical hazardになる。
 本書はこれら悪質な思考様式から超越しており、ドラッグの使用に際してユーザーがどのような期待を持っているのかを”セット”と呼び、どのような周辺環境において使用するかを”セッティング”と呼び、重視している。これらは、誰もが少々学び注意深くあることで理解し、制御することが出来る。本書は、ドラッグの強い影響を認めつつ、そこから人々を”自立”させるための教科書なのだ。

 同様に本書は、「意識を変えたい」「ハイになりたい」は人の自然な欲求である事を率直に認めている。だが、本書はドラッグだけが意識を変える方法ではないどころか、他の方法で意識を変容させられるならばそちらを第1選択にするべきだと明白に主張している。ただ、”その他の方法”についての記述は詳しくはない。ドラッグ使用に際してのリスクの記述が相対的に遙かに多く、この限りにおいて本書は医学モデルに近い観点で記載されている。なお現代の心理学においては、意識を変容させる欲求は「開放性次元」として基礎的な性格次元の一つであるとされている。また、”ハイになる”側面は興奮・鎮静の次元であり、これは外向傾向に関与するものである。

 本書が記載している薬物は項目建てで以下のとおりであり、今日においても”意識を直接変容させる薬物”はこれで網羅されているものと思われる。だがどんな書物であれ”全て”を記載することは出来ない。本書において欠落している”ドラッグ”は、”間接的に意識を変性させる薬物群”であろう。
 本書はチョウセンニンジンをやや曖昧な、困惑した表現で記載している。日本人にとっては朝鮮人参はある程度お馴染みのものだ。それは即座の興奮作用があり、その興奮作用で人を喜ばせながら連用させる事で身体の強壮を図るものだ。このような随伴性を利用したものとしては、今日ごく普通に普及している瓶詰めの栄養ドリンク類がある。それらはビタミンB類等を含んでおり確かに疲労回復効果があるものの、同時に相当量のカフェインが含まれており、このカフェインの賦活効果が栄養ドリンクに対する(心理学の意味での)強化(reinforcement)を行うものとなる。であるから、朝鮮人参はドラッグとしては興奮剤に分類されるべきだろう、ただし長期的には滋養強壮作用が期待出来るドラッグとして。
 同様な”セミ・ドラッグ”の筆頭に唐辛子を挙げる事が出来るだろう。僅か500年の間に世界中の多くの人々が唐辛子中毒になってしまった。激昂で知られる韓国人も、かつての勇猛な陸軍で知られるトルコ人も、派手な伽藍で知られるタイ人も、温和賢明な社会で知られるブータン人も、皆唐辛子中毒だ。唐辛子は明らかに一時的な身体の”賦活”を与える。長期的には脂肪を分解し易くして、活力を与え続けるようだ。それをどう文化的に”解釈”するか、つまりセットとセッティングが違う。なお、かく言う廣島は、本メモランダムを記載している今、唐辛子に”凝って”おり、唐辛子を制御して自分の人生にとって有益ならしめるために様々な試みを行っている。
 本書はカモミール(カミツレ)をただのおいしいお茶と記載しているが、廣島においては極めて強烈な鎮静作用を示したことがあったし、今でもかなりの鎮静作用を示してくれる。少なくない人々がカモミールを確かに鎮静作用延いては若干の意識変容作用があるものとして認めている。個人差はやはり大きいのだろう。さしもの筆者たちの知識もハーブには及んでいなかったようだ。2009年の現代において本書が書き直されるならば、昨今のハーブブームに応じてこれらの”セミ・ドラッグ”が大量に扱われるのかも知れない。
 歴史的に見れば、仙薬とか丹薬と言われた水銀剤もドラッグに入れるべきもののようだ。これらは水銀の作用により交感神経やストレスホルモン回路を賦活し、中国の皇帝や日本の支配者たちに一時的に強烈な興奮を与えたもののようである。力強い声・表情・身振り、そして果断な行動と決断は、皇帝や王に相応しいものだっただろう。勿論、その連用は朝鮮人参とは全く逆に深刻な水銀中毒による心身の荒廃を齎した筈である。とは言えこのドラッグは明らかに歴史の彼方に消えたものであり、その意味で本書に記載するべくもないものではある。

 以上のように、興奮剤に強化される人が多いのは確かである。だが、外向傾向に大幅な個人差があり、また仕事等で必要とされる興奮の水準もこれまた多様である以上、常に興奮剤が愛好されるとも限らず、むしろ鎮静剤が愛好される条件も多々あると予測される。実際、ドラッグと性格特性の関連についての研究群はかなり複雑な関係を示している。本書はそれぞれのドラッグの記述の最後に必ず”使用の際のガイダンス”を記しており、その中で常に”何のためにドラッグを使うのかを明白にする”事を要求している。これは極めて適切な助言だ。加えて、個人差の観点から各人がドラッグの特定の側面(興奮・鎮静×意識変容)に引かれやすい可能性が考慮されるべきだろう。

 本書は版を変えずに出版され続けているようであり、人気の高さが伺える。だが、造本はいただけない。表紙の”水タバコとコカの葉を手にして頭からオーラを発して胡座をかいている人”の絵が印象的だが、最初はこれは雄鹿が胡座をかいているように見えた程であり、奇矯の観がある。誤記、脱落がちょくちょくある。原著のタイトル等の掲載がないのは訳書として適切ではない。原著からの図版の転写が汚い。印字も掠れている所が多々ある。これらの点が、本書をその中身とは異なって殊更に際物じみた、ドラッグ乱用を擁護する猥雑な図書のように見せている。挙げ句、酒、タバコ、カフェインを含めてあらゆるドラッグを科学的かつ理性的に観察し制御することそのものまでをも胡乱なものに見せてしまいかねないのが、甚だ残念である。

※本書が扱っているドラッグの記載順一覧

1 興奮剤
 ア カフェイン系
  a コーヒー
  b チャ
  c コラ(コーラ)
  d ガラナ
  e マテ
  f ココア
 イ コカ(コカイン)
 ウ アンフェタミン(覚醒剤)系
 エ タバコ
 オ ビンロウ&キンマ
 カ カート
 キ ヨヒンベ
 ク マオウ
2 抑制剤
 ア エタノール(酒)
 イ カバ
 ウ バルビツール酸塩等睡眠薬
 エ マイナートランキライザー
 オ 麻酔薬類
  a エーテル
  b 笑気
 カ アヘン類
3 幻覚剤
 ア LSD
 イ ヒルガオ科イボメア属
 ウ マジックマッシュルーム
 エ イボガ
 オ ジメチルトリプタミン
 カ ヤヘイ
 キ ペヨーテ(メスカリン)
 ク STP
 ケ メチレンダイオキシアンフェタミン類
4 マリファナ
5 有機溶剤等雑の部
 ア シンナー等
 イ 弗素系ガス
 ウ 亜硝酸アミル
 エ 亜硝酸ブチル
 オ 譫妄発生薬
  a チョウセンアサガオ(スコポラミン)
  b テングタケ類
  c ナツメグ
 カ フェンサイクリジン(PCP)、ケタミン
6 医療用薬剤
 ア 向精神薬
  a 坑精神病薬(メジャートランキライザー)
  b 抗鬱病剤
  c リチウム
 イ 精神作用を随伴する一般処方薬
  a 抗ヒスタミン剤
  b ステロイド
  c 咳止め
  d 胃腸薬
  e 鎮痛剤
 ウ 精神作用を随伴する非処方薬
  a 咳止めシロップ
  b 風邪薬
  c 鼻の充血緩和剤
  d 食欲抑制剤
  e 純粋カフェイン
  f 睡眠剤等
  g 鎮痛剤
  h 生薬、漢方薬、ハーブ

 ところで、廣島の両親は数年前まで仙台市泉区緑が丘の一戸建てに住んでいたのであるが、その西隣の家が空き家になったと思ったらば、どうも怪しげな人物が出入りするようになった時期があった由。キノコを干していたと言うような話だったが、本書には「マジックマッシュルームの評判が高く高価で闇取引されていたので、LSD等適当な薬物を塗りたくったものが出回っていた」と言う記述がある。どうもその手の犯罪者集団だった可能性もあったと言うものだ。

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読了 Dマンション広告チラシ

仏暦2552年04月04日 土曜日

 さて、前回の続きのような話です。

 廣島が巣くうマンション(以下Tマンションと言う)の北西のやや手狭の土地に”親会社共々いつ倒産してもおかしくない”と経済紙に評されるD社によって建設され始めた11階建て59棟のマンション。予告広告を駅前で散蒔き始めましたが、目が点になるような記述が多々ありましたので、諸賢の後学に供するべく、少々。

 4線が乗り入れる駅から数百m、駅前広場と再開発が着々と進行し、駅の反対側200mに超巨大スーパー・大型食品スーパー・成長しつつある巨大病院が並び、小学校もこれまた200m先の立地。この土地をマンションとする場合、2つの難点があります。1つは米軍横田基地が比較的近く、その騒音がややある事。もう一つは、他ならぬ廣島が巣くう13階建て築20年200棟以上のこのマンションがこの土地の南東から南西に接してL字状に堂々と広がっていることでしょう。そして、美麗な予告広告からはTマンションの存在がものの見事に抹消されているのであります。(爆笑)

 その手口はこんな具合です。

 まず、この手のチラシは表面に当該物件の巨大写真(※完成していない場合には予想コンピュータグラフィック写真)が一面に載っています。このD社のLマンションも同様ですが、その写真は明らかに廣島マンションから撮影されたものに手を加えています。と言う訳で、ここからはTマンションの存在は全く伺うことが出来ません。ちなみに、Tマンションは例によって勝手に関係がない人々が入る事を禁止しています。被疑者不詳のまま不法侵入罪で訴追できるかも。

 次に、この手のチラシは裏面に間取図、内装説明、近隣地図、不動産広告の法定記載事項が掲載されています。で、このチラシの最上段にはこのLマンション予定地南300mから一帯をパノラマ的に俯瞰した写真が掲載されているのですが、この写真でTマンションの上にLマンションの名称を示す大きな印刷領域が取られています。この印刷領域の下の端になにやらビルのように見えるものが写っているのですが、これがTマンション。どう見ても、ちんけなアパートがへばりついているようにしか見えません。もちろん、付近地図にはTマンションの存在は記されていません。

 ちなみに、マンションを売り出す際には内装や部屋の形状を実物そっくりに作ったモデルルームを設置し、そこで説明や契約を行う事が良く行われる訳ですが、何とこのLマンションのモデルルームはこの場所から一駅まるまる東に行った所にあります。実物を良く見ないで契約する人も決して少なくないでしょうに。

 このチラシは頻りに良い眺望を唄い、公園に大部分の戸が面している事を唄っています。合成写真で数えてみると、59棟中51棟はTマンションの北東にある公園に面するのですが、実はこの公園はTマンションの区分諸有権者たちに本権があります。市が児童公園とする限りにおいて、市に地上権を無償貸与する契約になっています。勿論、廣島の持ち分もここに堂々と登記されておりまして、廣島は何と児童公園の持ち主なんですね。(^.^) そして、D社はそんなことをおくびにも出さず、あたかもLマンションが独占的にこの公園を使っているように見えるような図面を出していると言う訳。公園の本権はTマンションのモノですから当然Tマンション側にも出入り口がありますが、Lマンション側には出入り口はつきません。もう一つの出入り口は公道についています。

 さて、こんなことをやっているのは、どうもD社だけではないと言うものでしょう。食品偽装の数々を思い浮かべてみるだけでも十分であります。諸賢の周辺にもインチキ仕事、ごまかし仕事を幾らでも見ることが出来る筈です。そして、商品の品質がこの程度でしか保証されていない国で、およそ内需がしっかりと確保される訳もないと言うものです。安心してモノやサービスを買えないのですから。

 今般、世界に対してウソツキと恫喝の限りを尽くしていたアメリカ合衆国が売り出していたインチキ債券が崩れただけで、底無しの恐慌に突入した日本。恐慌の原因はむしろ日本にある、と言うべきものです。

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