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読了 岩瀬達哉 人事はどこまで知っているのか

岩瀬達哉 2008 人事はどこまで知っているのか 講談社

仏暦2552年01月28日 水曜日

 各社の人事担当者にインタビューしたものをまとめた書籍。

 一見すると際物じみたタイトルであるが、内容は極めて簡明率直、古典的とすら言えるオーソドキシーに基づいている。即ち、人事部門の基本は能力の見極めに基づく人材の育成であるとし、

「仕事ができると言うのはどういう事なのか」
「組織人としてやってはいけないのはどういう事なのか」
「管理職とは部下を育てる人である」

などなどが簡潔に記載される。

 だが、かような意味での”仕事ができる”と言う事の定義は、市場・政府・経営者一族・労働組合などなどから過大な圧力を受けていない、ある種理想的な競争状態にある企業においてのみ成り立つような面があると思われる。高度経済成長期の企業像だ、と言っても良いかも知れない。インタビューの対象は、外資、同族会社にも及んでいるが、明らかにそれらにおいては本書の基調となっている人事とは異なった色合いが見受けられる。外資は退職を当然の前提とし、同族会社は何よりも一族への忠誠を要求している。

 本書のインタビューの対象としては、公務員的組織が入っていないし、昨今激増している従業員を使い捨てにする企業も入っていない。その意味で、本書には必ずしも”普遍性”はない。本書が相手にしているのは、”まっとうな会社”なのだと言えるし、記載されている事項もいかにも当然の内容でしかないと言えば言える。

 かくして、本書は、何をやったらば良いのか分からないほど混乱している現代日本だからこそ際物じみたタイトルをまとって登場した、逆の意味での時代を反映した良書と位置づけ得るだろう。

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2009年TRONショー見聞録

仏暦2552年01月25日 日曜日

 過ぐる2008年12月12日、東京六本木はミッドタウンにて開催されたTRONショーを見学して来ましたので、初ミッドタウンでのユビキタスアートツアー体験を含めて少々。

 当然ながらまずネットにてミッドタウンへの交通及びミッドタウン内部の構造を調べて円滑に動けるように計画。が…ミッドタウンの構造がネットで見ても分からない!! 廣島が目当てとしている会場はミッドタウンカンファレンスと言う所なのだが、これがどこにあるのかミッドタウンのホームページを見ても全然全くちっとも分からないのである。その理由は極めて簡単で、どこにどういう名称のビルがあるのかの図がまずもって存在しないから。TRONショーのホームページには分かりやすい図があり、助かる。昼食も不安。時間の関係でミッドタウン内にて済ませざるを得ないのは明らかだったが、これまたホームページには値段が載っていない!一体どれだけぼったくられるのか、1000円からのスタートの青天井だろうか。

 先般イトーヨーカドーに下手物を掴まされた仕事用のカバンがあまりにも使いにくいので、軽快に動かなければいけないのが予想出来る今日は、持っていく気がしない。休日外出用のコンパクトなカバンに物を入れ換える。だが、実はここで名刺入れを忘れていたのだった。疲労が抜けていなかったと言う事。

 例によって大江戸線に乗って六本木駅へ。昨今、電車の中の人々は益々不機嫌である。センブリと渋柿を一緒に食べたらこんなになるだろうか、と言う顔をしている。大江戸線は車体が小さく、すぐに混雑してその顔が間近に来るのだから、いよいよ鬱陶しい。そんなに渋い顔をするのならば、もっともっと以前からマトモな行動を取り続けていれば良さそうなものなのだが。知性とは必然性の洞察である。人間の行動は、自分自身を余裕のある状態においてre-programmingすることでしか改善されない。その瞬間瞬間では人間は状況と自分の歴史の奴隷であり、自由意志なるものはある意味では存在しないのだから。

 六本木駅へ。当然ながらミッドタウンへの案内図がある。地下鉄や鉄道の案内方法はどこも同じ様式で統一されているので、ここらへんは円滑。だが改札を出たとたん、廣島は固まった。左手に地上階に行くエスカレータがある。右手は行き止まりらしい。だが、廣島が行きたいのはミッドタウンタワーそのものなのであり、その4階がどうやら「ミッドタウンカンファレンス」と言う会議室群の階になっている”らしい”。地上に出てタワーに円滑に到着出来る位置なのか、ここは? 地下鉄にも案内図は出ていない。左手に行くとショッピングと食事のビルであるガレリアらしい。他に、イーストとウエストと言うタワーもあるようだが、それらとの位置関係が判然としない。イーストはパンを作る時に、ウェストはズボンを購入するときに必須であるのは分かるのだが。一度エスカレータを登り、どうも違うと思ってあわてて降りてまた意を決して上ったらば、目の前に明らかにそれと分かるミッドタウンタワーあり。

 中に入るが、今度はぐるりと見渡してもエレベータの場所が分からない!正面にはゲートで頑丈に警護されたエレベータが並んでいるが、それではないのは明らかだ。TRONショーと書かれたプラカードを持った若者が立っており、尋ねて左手奥にエレベータがある事が分かった。どうやら正面のエレベータはprivateな事務所や居室へ通じるエレベータで、public areaへのエレベータが左手にちんまりと存在していると言う事だ。そんな話は、ホームページにないばかりか、ここ現地の案内板にも書いていない。保険の約款のように隅っこに小さな字で書いていたかも知れないが、そんなものは官僚的な言い逃れだ。

 3階で一度エレベータのドアが開いたら、郵便局らしきものがちらりと見えた。今日は郵便局でも用を足す必要がある。何しろ廣島の勤務地は田舎なのである。カンファレンスルームの階はこれまた何がどうなっているのか分からない。何の案内図もないのである。角角にTRONショーの案内担当者がいて案内してくれたが、どうも口を出すのが遅い遅い。非常口がどこなのか、頭の中で地図が描けない。非常事態の際、一体無事に脱出できるのか? 先に小用を足す。このミッドタウンはどこも内装が素敵。ウッディ。このカンファレンスの便所では、何と手洗いでボタン一つで水とお湯が切り替えられ、本当にお湯が出てきた。このお金を少しだけ削ってマトモな案内図を設置して欲しい。

 そもそも今回のTRONショーの案内そのものの出来が悪い。と言うよりも、この出来の悪いミッドタウンの配置にそれなりに合わせて案内を作っているから、案内も分かりづらくなってしまう。WindowsでVMwareを動かしその上で超漢字を動かしているような困った案配である。で、room7なのがroom9だと勘違いしてしまっていた。この勘違いの原因がどこにあるのかも今となっては判然としない。ああ、完全に狼狽している。そう言えば、ミッドタウンのホームページの文字はどれも小さかったなぁ。入り口ではネットからの予約でプリントアウトしたQRコードを業務用ユビキタス端末で読み取ってくれたのだが、会場内に入って投影されているpptの画面を見ると全然内容が違い、ようやっと部屋が違うのが分かった。”予約”の意味は何だったのだ? あわててroom7に。こちらでもユビキタス端末で読み取り。ダブルで”入場”してしまった人の扱いはどうなるんだろうか? ところで、どうして一番大きくて立派なカンファレンスルームの番号が”7”なのか? まぁ、心理学では良く知られているmagic 7 effectと言うものがあるが、普通は"1"を割り振るだろうに。それとも、地図がないから全然分からないが、物理的な順番で並べていったらば7番目に来たと言うだけの事だろうか?だったらば階の地図を出しておいてくれ。

 1030の定刻にroom7にて「進むユビキタスID技術の国際標準化」のセッション開始。ぎりぎりで間に合う。ITU-TとISOでucodeが標準として認定されたこと、認定作業が進みつつあること、それに至る活動の報告。ISOはClosed Netが、ITU-TはOpen Systemが、と住み分けが出来ているとの由。ucodeのようなあまりにも一般的過ぎてあまりにもあらゆる事に使える技術は却って標準化の必要性の納得が得られにくいと言う話が非常に興味深い。日本人に比べると普遍的知を良く扱える欧米人にしてもその程度ではある。あまりにも早く普遍を決めてしまうと問題が生じやすいと言う観点もあろうが、その観点を強調するとdefact偏重となり、de-jureどころかそもそも普遍性を持たせると言うことの利点が完全に消滅してしまう。defactは結果論に過ぎない。人類が滅んでから、あああすれば良かったこうであれば良かったと言ったり、神の裁きやraptureが起こっても仕方がない。defact偏重のアメリカ人の思考様式の中に所謂キリスト教原理主義的な終末的で退廃的な世界観が論理的に胚胎している事を感じる。また、ユビキタスの規格策定では韓国が馬鹿に頑張っていて、日本の影が逆に薄い、と言う話も。欧米流に忠実な韓国はボトムアップ式にモノ作りと言うよりもconcept作りに熱心と言うことなのだろう。だが、それが生産につながっていかないのが韓国の弱み。逆に日本は、具体的個物はちょこまか作るがconceptがないので程なくそのモノは魅力も本質的性能もなくなってしまうのが弱み。出来たとたんにぽんこつに過ぎなかった戦艦大和を見よ。

 セッションが終わると、郵便局へ。ホームページではガレリアの4階にあると言うことだったと記憶していたので、地下に入りガレリアに。先程見た郵便局と言うのはミッドタウンタワーのどこかにあって、別のものだと思い込んでしまっていたのだ。頭の中に地図が出来ていないものだから、完全に錯乱している。だが、当然のようにどこにあるのか分からない。電子式の案内板あり、操作、軽快に動く。だが、検索しても郵便局が出てこない。ガレリアにはないのか?大体、ガレリアだけの検索システム作ってど〜する、馬鹿者。あれこれ歩き回り、結局先程見たミッドタウン3階の郵便局に到達。で、ミッドタウンタワーとガレリアは、各階で結合されているのである。こんな事も、ホームページでも案内板でも全然分からない。4階と言うのは記憶違い、と言うよりも読み違いではなく、ガレリアを地下1階から数えると4th floorと言う事らしい。

 ガレリア地下1階に行き、今度は食事探し。eat-inを見つけたので、入る。okawari.jpと言う店名だが、ここも高い!okawariをしていたらば幾らお金があっても足りない。結局は980円でカレー2種類とナンと少々の野菜が付いたセットを食べる。これだけ高価な所なのに、店員はだれている。同じ三井不動産が運営している豊洲のららぽーとではもう100円安くてナンがもっと大きく、もっとゆったりと座れてカレー店の調理人は本場インド人だ。水もどこにあるか分からないぞ。隣の男性がコップをどこからか持ってきていたが、コップが小さいことよ、水もけちっている。廣島が陣取った席は弁当を売っている入り口近くの壁際だったのだが、壁が濃い紅殻色のカーテンで覆われている。これは豪華…と思ったらば単に物入れとの仕切りであり、弁当の売り子が廣島の席のすぐ左のカーテンをばさりと開けて何か梱包材を持っていった。余所のところでは980円となるとこのような扱いは受けないものであり、500円の店でもこれは失礼と言うものである。客に失礼をせざるを得ない程窮屈にしている。ミッドタウンの地代がどれだけ凄まじいかが分かる。それにしても、このeat-inのテーブルには説明書が全て置いてあって、我々独自のやり方であり慣れないやり方とは思いますが…とかと書いてある。何の、郊外のショッピングセンターではこの手のeat-inはごくごく普通のスタイルである。これはごまかし自己弁護なのか?本気でこのあたりの人々はこの手の店には慣れていないのか?

 カレーが与える腹への刺激が満腹感であると思い込むことにして、TRONショー展示会場である”ホール”に向かう。会場が3か所に分かれているから、これだけでも苦労だ。後から良く良くTRONSHOW2009のガイドブックを見てみたらば、これはMidtown eastの地下にあるのだったが、案内板を手繰って行くのがその時は精一杯。時間の関係もあり、会場は閑散。ショーの案内のフロアプランは流石に普通に出来ていて分かりやすい。途中サンプル誌を配っていたので受けとろうとした所で名刺入れを忘れていた事に気づいた。我ながら不愉快。

 パーソナルメディアのブースに入り、TRONWARE誌の購読料を先払い。それにしても、かつてはTRONショーでは良い意味でのHackerたちがいつでもあまた集って賑やかだったものだが、今は静かなものだ。ucodeやT-Engineはビッグビジネスになりつつあるが、”熱”のある人々が集えるBTRONがあれでは、こうなってしまうのだろう。超漢字Vは従来通りパーティションを切ってインストールできるのか、と質問したところ、出来るがそもそもUSB等で動かないマシンが増えてきたのでその使い方はサポートしない、と言う。USB Mass Strage Deviceと言う業界標準があってそれに超漢字は合わせているのだが、この標準をサポートしているかを明示しているデバイスにはお目にかからない。先般廣島が買ったI/O dataの500GBのUSB・HDDは呆れたことにMacでも専用デバイスドライバをインストールしないと動かない。Linuxはどうなのだ、I/O dataよ。Windowsだけに対応すれば事足れり、業界標準すら意識しない安直で怠け者のperipheral企業が増えたのだ。パソコン暦32年のユーザーも対処し切れるものではない。かくして、パソコンと言うものがかつての”自由を与えてくれる箱”では益々なくなって行く。マイクロソフト独占の弊害ここに窮まれり。マイクロソフトが利益を上げて独占すればするほどパソコンは自由の箱ではなくなり、逆に単に不便な箱となって様々なインテリジェントなマシンに気圧されていく自己矛盾。

 午後は、「欧州ユビキタスネットワーク社会に向けた取り組み」と題するセッション、再びroom7。EU機関から3名と日立製作所の役員が司会。同時通訳が付いている。無線装置の受話器はBOSE製。耳朶に絡げるイアホンはサイズが小さく、耳朶を押し込むのも難儀ならば、程なく痛みを感じてしまう。耳の穴に差し込む式のイアホンは不潔だからと言うので廃れたのだろうか?欧州ユビキタス構想は、要するに持続可能社会を作るためにやるのだ、と言う事の由。Micro Systemと言っているのがMicro Machine、Smart Systemと言っているのがUbiquitousのこと。IPV6を使うとのことで、Internet of Things:IoTと言う。ucodeは素晴らしいから我々はここに来たのだが、これは欧州では知られていないからがんがんsuggestして欲しい、と言う。ucodeは使い終わったらば消滅してしまって良いのだが、IPV6はどうするんだろうか? IPV6は所詮はTCP/IPであってネットワーク構造や組み込むルーチンが限定される。TCP/IPはリアルタイムネットワークでないが、ucodeは途中経路には束縛されない。IPV6は紙に書いておいたりバーコード化も出来ないし桁が増えると10進数表現が普通だから不可能だが、ucodeは16進数表現可能なスタイルなので手書き口頭伝達も容易。色々考える程、ucodeの優秀さはじんわり納得出来る。それにしても、この手の英文の同時通訳は難しいだろう。3人の女性が交代で通訳していたが、何とか日本語の方が理解し易かったのは2名。彼女らも最後には煮詰まってしまい、結局pptを頼りに英文を聴くことにした。

 終了後ガレリアの4階に行き、今度はミッドタウンのユビキタスアートツァーに参加。今や日本中どころか中国等にも進出しつつあるucodeを使ったユビキタスサービスの一つ。窓口に行ったらば、台湾あたりからの観光客とおぼしき人たちが小さなトランシーバを渡されて20名ほど出発待ち。廣島は窓口に一人で赴き、一通りの説明を受けてユビキタスコミュニケータと”アートツァー参加中”と書かれた首からぶら下げる小プレートを受けとり、荷物を預かって貰ってスタート。500円+返金されるコミュニケータの保証金が500円。スタート地点まできびきび美人の担当者に案内されてから開始。公平に見て、このビル群の案内係の女性陣は美貌と職務能力が共に備わっている。地図と各アートの説明書きも受けとる。庭園コースと言うのを回る。これはコミュニケータのメニューで設定する。それぞれの作品や地点において赤外線または無線のマーカーが合計500個程設置されている。これがucodeを発出し、コミュニケータは赤外線センサー経由で紐付けられた情報をLANで得ているようだが詳細不明。IPV6ではこんなことをやるには、さてどうしたら良いものか、IPV6では場所を示すタグ…となると情報源に対してURLをリダイレクトするためのURLを保持すると言う事になるのか。情報との紐つけし直しも面倒そう。確かにucodeは柔軟性がありそうだ。コミュニケータは首から下げるとどうもごてごてしてしまった。コミュニケータを整備するよりも、まずは案内板とネットでの地図を整備してくれと言いたくなるのがこのビル群だが、説明がコミュニケータから流れてくるのはかなり助けにはなる。これだけの情報を作品毎にその前に掲げていては作品周辺がごてごてしてしまうだろうし、整備も逆に大変と言う事になるのだろう。コミュニケータならば、データをサーバに載せ直せば良いだけ。コミュニケータには常時方位磁石が表示されていた。これはどうやっていたのかな?だが、残念なことにミッドタウンの形状の全容がまだ頭に入っていないのだから、全く役に立たない。

 庭園コースはとても良かった。写真を撮りまくる。ミッドタウンの面積の3分の1程度は庭園であり、センスが良い。大通りにコミュニケータとプレートをぶら下げて出て鑑賞する作品もあり、少々恥ずかしい。交番角にあるイラン人女性が作者だと言う作品は草原をイメージするものだと言う事だが、ダクマと言う印象がある。コミュニケータの案内音声では”青い作品”と言う事だったが、遠目からは青くは見えない。段々に汚れていくと益々そうなるだろう。庭園のメイン美術品と言う巨大な貝のような銀色の作品と、六本木の大通りに面した黒い穴の空いた作品はセンスが似ていると言える。穴から当たり前の風景を覗くと言うのはある種の驚きを起こさせる。途中、ホットチョコを購入して一服、340円也。

 ミッドタウンに隣接する区立公園の中もアート作品が二つあり、これは庭園から鑑賞。子供たちが随分多く遊んでいる。ミッドタウンの訪問者の子供たちもいるようだが、かなり地元の子供もいる様子(※親の動きを見ていれば分かる)。ここは遠目にも遊具が充実していて、父親の身として実に羨ましい。遊具がきれいだったり充実していると子供は公園で遊ぶ。廣島も自宅近隣の公園を観察していて経験的に分かる。遊具を塗り直しただけで子供たちが集まってくる。何十年も前に宝くじ協会の寄付で作り今や文字どおり腐り始めて危険窮まりない滑り台とかしかない公園は、幾ら広々としていても誰も来ない。歴然たるものである。そして、遊具が呼び水になって子供が集まると、一緒に遊ぶ子がいるからということで更に大勢の子供たちが集まって来るものなのだ。今の子供はテレビを見てゲームばかりしていて視力が落ちるだの外で遊ばないだの体力が落ちただのと責任転嫁の戯れ言をほざく前に、公園の遊具に良いものを沢山入れたらばどうなのか? 学校の先生の数が全然増えないのも同様であるが、要するに大人たちが下らないことばかりにお金を使っているから日本の未来そのものの子供たちが衰退するのである。

 夜が迫るころ、芝生に敷き詰めたイルミネーションが点灯され、銀河の形になっていた。近くで見ても、それなりに見える。これはミッドタウンの名物の一つのようで、ガレリアの各階から見物する人多数。再びガレリアに北側から入る寸前の美術品は、手塚治虫作「火の鳥」に出てくる、”人間の姿が機械や石ころの塊のように見えてしまう男”が幻視する”石ころ人間”にそっくり。その隣にクリスマスのデコレーションとして中に入って見る鏡ときんきら張りのツリー作品があり、人々はこっちに集まっていた。確かにこのツリーの方が面白い。臨時にこの作品をもツァーの対象として欲しかったもの。かくして、ツァー終了。どうせならば、このツァーに参加した人のレシートに”ミッドタウンの美術品”に対応するucodeでも印刷し、それを打ち込むとネットで詳細情報が見られると言うスタイルが良いのでは?これは現在のTRONWAREと同じになる。短い時間ではやはり見切れなかった。

 それにしても、こうやって一日散々迷い、アートツァーをやってみてこのミッドタウンがどういう構造になっているのかのあらましが把握出来たように思える。ツァーも屋内を専ら回るものだったらば、全然理解出来ていなかったに違いない。この手の巨大なビル群はこれからも沢山出来ていくのだろう。そのたびに迷いまくるのは困ったものだ。TRONプロジェクトの一つの重要な側面にマンマシンインタフェースにおけるアフォーダンスの確立がある。これはBTRONとして集約されている事項の一つである。当然、案内板や案内方法にもアフォーダンスは存在するべき。はたまた、ミッドタウン全体の各場所にucodeつけて歩き回れるようにして貰いたいものである。ユビキタスコミュニケータをどう安く大量に作るかが問題か。そろそろユビキタスコミュニケータ機能がついているケータイの販売、とか。業務用ユビキタスコミュニケータはPHS機能を搭載できるそうだが。


 ところで、ついでにTRONWARE114号の紹介なぞ。と言っても、全体がTRONショーの紹介なので、TRONショーのガイドブックと内容は似たり寄ったり、独自の記事はほんの少ししかない。TRONWAREの定期購読者にはTRONショーの無料入場券が送付されて来る。要するに、年6回発行されるTRONWAREの1回分はTRONショー代と言うこと。どうせなら、TRONWAREそのもの、つまりTRONWAREの定期購読者にucodeをくっつけて、それをネタにして抽選で東京ミッドタウンのユビキタスアートツァーご招待でも付けて欲しかったな〜。

 プロジェクトリーダーから、の記事では、中国が都市計画を遂行して北京オリンピック迄に空港や道路等を設置してしまった事の見聞を記している。特に北京の新しい空港を絶賛。確かに、Google Earthで見てみると大きさと言うよりも合理的な施設の配置に驚愕させられる。平行滑走路がきちんと整備されているのは世界の主要空港の標準であるが、半端な長さの平行滑走路しかない成田空港とはそもそも何たる違いか。平行滑走路に挟まれて綺麗にターミナルが出来ているのもこれまた世界標準ではあるが、これまた成田空港とは何たる差か。羽田はこの形状に近いが、それぞれのランウェイ毎にターミナルビルを作りビルとして一体化していないため、それらのビル毎に鉄道駅を造る無駄をしている。北京は南側のランウェイエンドに駐車場と北京市内へ出発する駅ビルを置き、北端側には飛行場各種施設を置いているのも、騒音対策のためにわざわざ別途敷地をランウェイエンドに確保しないで済む工夫と評価出来る。万が一の滑走路端でのクラッシュの際の被害規模は大きくなってしまうが、そもそもオーバーランをきちんと確保しようとすらしない日本に比べれば格段マシ。坂村博士は”日本とは違いレガシーに拘束されずに都市計画が行えることの自由度”を痛感すると記している。”日本はさまざまな分野での閉塞感が問題になっているが、コンピュータの世界ではレガシーと言っても街並みを焼き払う等と言う過激なことをしなくても良い…”と続けるあたり、要するに都市計画に失敗してしまった日本に対する無念がありあり。同感である。閉塞感の高まり、とは利権の強化、と言っても良い。

 編集後記も坂村節。中国が龍芯と言う独自マイクロプロセッサを開発しており、これを8000個並べたスパコンを作ったので見学させてもらった事に絡めた記事。Microsoftがオンライン認証手続きを中国でも開始したことを中国側は”認証の際に自分のパソコンにMicrosoftが侵入している”と認識し、厳しく反発している由。ネットでの報道によれば、1時間毎に画面が真っ黒になるそうな。ここらへんの認識は、実は廣島も同じである。ファイアウォールソフトも、だから好き。Google Chromeも、だから怪しいと思う。

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なぜオバマ君に?

仏暦2552年01月22日 木曜日

 アメリカ合衆国連邦政府の新しい大統領にオバマ君が就任したと言うので、何やら盛り上がっている人たちは盛り上がっているようですが、実に珍妙。


 まず、ワシントン市に200万人ものアメリカ市民が集まったようですが、一体彼らは何を期待してわざわざ来たのでしょうかね? そして、オバマ君は、アメリカ市民を鼓舞して忍耐を求めたようですが、何をしてもらいたいと言うのでしょうか?

 世界がアメリカ人に求めているのは、爪に土や油を食い込ませて必死に働き、アメリカ国債を返済する事でしょうに。


 新聞に掲載されていた写真でも彼は実に奇妙なポーズをしていました。上着を脱いでワイシャツスタイルで電話をしていたのです。あの〜、今ワシントン市は厳冬の最中で、彼があのようなスタイルをすると言うのは、物凄く暖房がかかっていると言う事な筈なのですが。これは、彼が主張するエコによる経済振興と真っ向から反するのではないでしょうか?


 大体、彼はアメリカ大統領です。決して日本の新首相ではない。だが、一体この日本のマスコミの持ち上げようはなんでしょうか? アメリカ大統領は他国の国民に恩恵を垂れる程慈悲深いなんてことがあるのでしょうか?

 まぁ、廣島が購読しているのは朝日新聞で、朝日新聞は昔から中国べったりであることで有名でした。で、民主党も中国べったりであるようですから、その繋がりなんでしょうか。

 中国と言うならば、今やアメリカの国債購入額のナンバーワンは中国になりました。アメリカの急所を中国は押さえたと言って良いでしょう。加えて民主党、特にクリントン夫妻の中国べったりも有名です。これは実に憂えるべき事ではないでしょうか?


 オバマ君に期待なぞするべからず。

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滅び行く観光地

仏暦2552年01月20日 火曜日

 旧聞を専らに取り扱う旧聞ブログ・Psychology and Scientific Risk Managementへようこそ。
(^_^;)

 2008年11月23日に某社のバスツァーにて伊豆日帰り家族旅行なぞをして来ましたので、その記録を。

「観光地としての伊豆の衰退が印象的」

だった小旅行になりました。そして実は

「日本そのものの衰退もかなり鮮明」

に感じられたのでした。

          †

 朝、7時半に東京都西部の某ターミナル駅北口に集合。ここは、バスツァー集合地の”メッカ”。価格は8980円とかなりのもので、ツァーの名称は「金目鯛味噌漬け・干物・カラスミのおみやげにみかん狩り、伊豆最大級の修善寺もみじ林まつりに浄蓮の滝 昼は松茸・海鮮・牛肉の網焼き 夕は魚河岸寿司」と麗々しい。

 添乗員はどうも頼りない若い男性。あれこれヌケやアラが目立った。

 旅行客は43名でバスもそれに応じて小振り、狭苦しい。揺れが強く、加速とブレーキの度にピッチング運動がある。運転手もバスそのものもグレードが高くない。あまり速度を出さなかったが、そもそも出せない程度の車体と腕前だと思われる。

 20分近く遅刻して来たおばさん×2により遅く出発。大顰蹙であるが、本人たちはバスの位置が分からなかった、添乗員の案内が悪かった、と嘯いていた。実は廣島一家も最初は添乗員の立ち位置から離れた所に停まっていたバスを発見できなかったのだが、ここまでの遅刻ではそれは単なる口実であろう。

 ここしばらくひたすらカフェイン中毒化して仕事をして来た廣島は体調不良。東名高速をも通ったが、東名を含めてこの方面の道路の状態が悪く、揺れる。ラッシュも酷いので、スタート&ストップが頻繁。添乗員はどこをどう通るかの案内もしないので、見通しをつけての対処すら出来ない。どうも先般初島に行った際に通った自動車専用道路を通らなかったようで、その分揺らされた。これでバスの品質と運転手の水準が高いのならば何とかなったのだろうが、早々に車酔い。これは最近珍しい。

 ヘロヘロになって最初にいきなりわさびを主体とするみやげ物店に。既に11時を回っている。もちろん、場所はどこか分からない。廣島は便所で吐き、かみさんと我が子はわさびソフトクリーム300円なりをぺろぺろ。富士山がくっきり見えたのが救い。

 次に、木負の観光みかん園に。ここは海岸近くにあり、港の風景もそれなりにおもしろいのだが、そのような時間はなく早々にみかん狩り。温州蜜柑と言うのは実にだらしなく沢山実を付けるものだ、と言う印象。庭先のそこらにも生えている。大きさを揃えて甘みを管理して…と言うような事を言わなければ、日本人はもっと蜜柑を潤沢に安く食べられるであろう。我が子は11個、廣島は3個、かみさんは5個食べる。園外に持ち出しは不可。持ち出しのためには1000円で籠を買わなければならないのだが、その容量は、町で購入して500円程度のものである。ぼったくり。

 次は三津浜の食堂にて昼食。テーブルを一見してかみさんは”やられた!”と思ったそうな。廣島は、これは二の膳があるに違いない、と思った。それほど貧弱な昼食。我が子は自力で焼き物をするのは始めてなので、それなりに楽しんだ様子。小指の先ほどの松茸が半分に切られたものが一つだけついてきたのだが、どうも最初から妙に茶色であった。松茸の香料は存在するから、それをきこしめすとか、何か小細工をしているのではないかと思われる。この食堂は料理が貧弱に加えて便所は汚く、建物もバラック風。坂にかかって2棟に分かれ、駐車場は上の方にあるから、老人たちはかなり苦労していた。

 バスの途中は殆ど眠る。3人家族で人数が半端なので4人分の席が割り当てられているのはありがたい。これはバスツァーでは当然の処置。途中の風景は殆ど目に入らない状態だったが、どうも廃屋が多い。

 次に、浄蓮の滝に。甘ったれた歌や小説に基本的にさしたる関心がないので、純粋に急な坂と滝の形を楽しむ。姿の整った滝。滝つぼから渓流への形もなだらかで枯れ葉等も掃除されているのだろう、整っている。だが、特に観光する程の規模や奇観と言う訳でもない。鱒釣り場が隣で、滝を見ている人と鱒を釣っている人が並んでいる。滝だけでは人が集まらない、儲からないと言う所か。

 浄蓮の滝が今回行った最南端。ここから北上してやや西に入り、修善寺の紅葉公園へ。どこもそうだったが、とにかく観光バスの数が多く、人の数も凄い。臨時の便所も設置されていたが、長蛇の列。入り口付近には出店。コンニャクおでん1皿100円×2皿。紅葉以外の木は早々に葉を落としていたが、紅葉はまだ赤くない木が沢山。ここは要するに普通の市営公園であり、木々の下は歩きやすいがさして広くもない。このような所を歩く機会が少ない我が子は大喜びで、殊更に歩道を外して走り回る。尾根道からの富士山はとても良い。だが、樹木で隠されつつある。観光客を喜ばすために剪定する積もりもなさそうだ、市営公園なんだから、ってか。

 ここから山を下り沼津市に出たのだが、ここで廣島にとって今回の小旅行の最大の見物が登場した。山の中腹に実に立派な和風旅館があったのだが、廃屋。ワゴン車が1台停まっていた。まだ営業を中止してから1年も経っていないように見える。山を下りきって大通りの傍らに、地元の人間が使っていたらしいカラオケやらボーリングやらスナックやらが集まっている一角では、カラオケ店を除いて全て閉まっていた。伊豆が甚だしく廃れつつあるのは、全く明らか。

 日もとっぷり暮れてから、沼津の海産物店に寄る。ここですし弁当、金目鯛の味噌漬け、鰺の干物、唐墨、わさび漬けがそれぞれ配られる。ぼんやりの添乗員はまとめて手渡さずにばらばらにしたものだから混乱。わさび漬け人数分は貰えず、後ろの組も同様。

 ここからの帰り道もまた悲惨で、ラッシュラッシュ。どうして大量の臨時電車が運行されないのだ? 行き同様、途中の中山サービスエリアで休息、ここも凄まじい込みよう。途中経路は一体どこを走っているのか判然としなかった。添乗員から何の説明もなしだと言うのものそうだったが、とにかく沿線の街並みの照明が乏しい。このあたりはこんなに暗い町ではなかった筈。10時過ぎにようやっと始発地に。帰宅したのは11時。要するにこの小旅行は伊豆に到着するだけで片道5時間以上を費やしたと言う訳である。韓国やサイパンあたりと似たり寄ったりの時間である上に、飛行機の方が途中が楽しい。

 旅行代金も高かった。ふんだくられたと言う印象。それだけみかん園と食堂に金を払わなければならなかったのだろう。ゼニを落としての観光が衰退し、観光地としての伊豆が駄目になりつつあるため客が集まらない→カネを取ろうとして益々サービスが悪くなる→益々客が来なくなる、の悪循環に完全に填まり込んでいるようだ。

 はてさて、自国民にすらマトモに観光やレクリエーションを提供できない国に、諸外国から観光客をどれほど呼び込めるものであろうか。

 今回の旅行で少々おもしろかったのは、後ろの席の客。近場の市で飲み屋をやっている夫婦とそのかつての客が偶然隣り合わせたのであるが、その飲み屋がどこにあるのかが会話の情報を元にネットを漁って分かった。どの駅からも2km程は離れた所にある。クルマでなければ行けない…そんな所に飲み屋を作るな! 人が集まるのでもない所に飲み屋がある、これが東京西郊外の町の作り。日本が都市計画で完全に失敗し、使い物にならない町を作ってしまった事の一端であった。

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マックダブルパウンダー食べた

マックダブルパウンダー食べた
東京都薬用植物園への散歩で昼食として、ダブルクォーターパウンダーチーズセットを食べてみました。

「日本のハンバーガーよ、遊びは終わりだ」

の、あれ。790円と流石のお値段。


店長が指示してポテトを多く盛り付けさせていました。このセットは流石に満腹にさせる方針らしい。

手にするとずっしり来ます。パンから大きくはみ出る肉。が、要するに200グラム少々+パン、チーズ、ピクルス、玉葱、ソース。さらりと食べられました。50才中年にとって、やっと満足と言う水準。

でも、マックの肉は味があるとは言い難いから、これ以上肉が多くても、イマイチ幸せじゃないかも。

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手放しで褒めるのはまだ早い

アメリカ、ニューヨークの川にエンジン推力を失った旅客機不時着し、全員無事の由。

機長の操縦に絶賛が集まっているようですが、まだバードストライクと決まった訳でも無い。他の、回復可能なトラブルとの誤認かも知れない。

バードストライクだったとしても、ディッチングは無用だったかも知れない。

バードストライクだったとしても、離陸前に鳥の群れを認識していたのに、無理に離陸したのかも知れない。

そもそも鳥の群れを見落としていたのかも知れない。

絶賛するのは、まだ少し早いのです。

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読了 三浦展 下流大学が日本を滅ぼす!


仏暦2552年01月13日 火曜日

三浦展 下流大学が日本を滅ぼす!―ひよわな”お客様”世代の増殖 KKベストセラーズ(東京)

 何冊もある筆者の著書には共通した難点がある。それは、確定した概念なり用語を使っていないので、議論の目的が少しづつずれていく事である。

 本書のテーマにおける問題は何か? 大卒と言う呼称に相応しい学力や能力全般がトップレベルの大学でも不足だと言うことなのか? それとも平均的に下がっていると言うことなのか? はたまた、日本人全体の知力が低下していることの典型例がそこにある、と言うことなのか? これらが混濁している。

 前者については、筆者は特段の記載を行っていないように見えるのだが、母校の一橋大学の学生の無教養ぶりを嘆く一節もある等、その面をも扱いたいように見える議論もあり、これが本書の論旨を甘くしている。高等教育の成果の評価は容易ではないが、少なくとも知識面についてはデータを出す事が可能であろう。だが、それは行われていない。驚くべきことに、中等教育の状況を測定しているPISAのデータ等を提示している。他に、企業におけるエピソードを羅列して対人能力を含めての能力の低下を論じているが、そもそも昨今の企業が全く教育力を失ったり、勤務が極めて過酷になったためにかような非難が既に会社員になっている高齢者たちから出るのだとも言え、論拠としてははなはだ薄弱である。本書を含めて、筆者の著書群はかような論証性を欠いている。

 実際の議論の大半は後者の問題、即ち大学生と言われる人々の平均的な能力の低下に終始しているが、これは本書も明白に認めるように、全若年者の半分が”大学生”になってしまっているのであるから、どのような基準を大学生に期待するにせよ、そこから大学生の能力の平均値が落ちていくのは当然である。

 かくして筆者は、”皆が欲しがる大学卒業と言う肩書き”をより軽く扱う形での解決を提言している。即ち、職業大学を作り、平均教育期間はより短くしつついわゆる実学を教育すれば良い、としている。筆者は、人々は大学卒業者と言う名称だけを求めすぎているとし、教育期間が平均的な人々にとって長すぎており、非実務的で、若者を甘やかしているに過ぎず、無駄な投資だ、と考えている。

 だが、筆者の提言である”職業大学”を作れ、教育期間を短縮しよう、実務教育を早々に始めよう、と言う発想は、実はとうの昔に前例があり、その現代と今後における行き詰まりが指摘され、対処施策が打ち出されている。先般から時折話題としている、ドイツにおけるギムナジウム・レアルシューレ・ハウプトシューレの3線方式の中等教育がそれである。筆者の主張は、レアル・シューレを作れと言っているのに等しい。これを今から日本でやってその成否はどうなるのだろうか?実験しているヒマはないのだ。

 もう一つ問題があるのは、筆者の通信教育に対する過度の信頼感である。インターネット大学を提唱しているのであるが、高等教育は決して知識の単なる付与だけではないし、教養の付与ですらその一部に過ぎない。言葉尻では抽象的思考能力と言う事を筆者も言うのであるが、それを具体的に付与する方法論を筆者は欠いている。

 大学に行くべき人間はそれなりの富裕階級の中から出るものだと言う前提がちらちらと論の合間に見える点も、本書の別の問題である。当然、奨学金制度についても積極的な議論を行っていない。古くは華族を明治維新体制は珍重して多くの投資を行ったのだが、明らかにこの階級は大日本帝国に殆ど寄与する所がなかったように、知的リーダー性と富裕はさして相関しないと考えるべきだ。大学は知的水準の高さだけで受け入れと育成を行い、そのチェックに付随して返済義務なしの奨学金が給付されるべきであろう。それが世界の先進諸国の標準的なやり方である。

 結局はまたしても

「何を生産するべきか?何が生産的であると言うことなのか?」

の議論が中心に来るべきであった。筆者も抽象的思考能力の有用性や教養に基本的に価値を置いている。廣島も同様であるし、PISAに見られるように現代の先進諸国の概念も同様である。成人教育や図書館のあり方、企業内での昇任基準を含めて、これらの能力を社会的に高めて行かなければならず、大学の名前やその質等についての議論はこれに付随するべきものであろう。今や、若年教育なら若年教育と言う一つだけのパラメータを論じる議論や書籍は無価値である。


 とは言え、筆者の資質なり体質があくまでジャーナリストであることを忘れない限り、本書はやはり非常に興味深く価値あるものである。圧巻は、何名かの大学生や大学生を持つ親とのインタビュー記事であった。これらの大学生の両親の所得水準はさして高くないにも拘わらず年間100万円程度の高額な私立大学の学費を払い、仕送りをしている。にも拘わらず、子供は勉学に集中しておらず専ら遊んでしまっている。彼ら彼女らの遊びが社会全体としてペイするものとはとても思えない。ただし、仲間を作る効果は明瞭であり、人間関係が商品関係によって更に破壊されている日本においては、銭金を投じてようやっと人間関係が構築されている状況が見える。

 ここで改めて認識させられた大学学費の高さも驚異的であり、スキャンダラスとすら言える。30年前廣島が大学に入りたての頃から2.5倍程度にはなっている。

 加えて、セックスを含めて、お楽しみが実に安直にこれら”非生産人口”に与えられていることにも、改めて驚かされた。親の苦境が記されていることと対照的である。これまた廣島の大学時代は、そもそもコンパだサークルだと言うお楽しみの場そのものがなかった、その最後の世代であろう。クラブ活動はすべて”真面目”なものばかりだったのである。遊びを密かに目的とするサークルですら”…研究会”と殊更に称する程度の”良識”はまだ持ち合わせていたものだ。即ち、かつてこれらのお楽しみは、生産をしっかりと行っている大人にこそ報償として与えられた、少なくともそのようなタテマエが牢乎として存在していたのである。

 いや、彼らはアルバイトを盛大にやっているではないか、生産を行っていると言うのかも知れない。だが、アルバイトと言うのは大体がところ安直で単純な労働であり、誰もがやれるからこそアルバイトなのである。若い方が効率が良いからと言うだけで若年者にはアルバイトの口が豊富にあるだけに過ぎない。大学教育と言うのは、そのような安直な体の動かしでは到底解決できない問題の解決能力を付与するためにこそ行われるものではなかったのか? ダイヤモンドの原石に火を点けて小さなキャンドルにして喜んでいるようなものである。


 本書からは、社会全体が転倒した事をやっている事が明白に読み取れる。その原因は何か? 彼ら彼女らの両親自身がそもそも学問や知識に本質的な価値を置いていないのもはっきりと記されている。かような知に対する本質的な侮蔑、単なる道具視こそが日本の高等教育の根源問題、ひいては現代日本の根本問題の一つではないのか。そして、かようなメンタリティの腐臭は、そもそも筆者自身からも漂って来るのである。

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埼玉版

仏暦2552年01月09日 木曜日

 例に漏れず、我が子の小学校でもこの冬休みの宿題は書き初めでした。と言うよりも、宿題は書き初めしか出なかったのであります。繰り返し基礎事項を叩き込むべき小学生が何たることでありましょうか。基礎学力低下→総合的学力低下→日本産業の衰退→日本人の派遣労働者化の道は、かようにして着々と築かれていくのであります。そう言えば、「米百俵」と美辞麗句を掲げた御仁もいたようですが、あれは苦しい時期に教育に投資をした、と言うのが元々の話。だが実は我が国は、その間にも貴重な米百俵をわけの分からん諸君にたっぷり食べさせると言うことを従前どおり繰り返して来たに過ぎなかったりします。

 と言うところで今日の話が終わってもいいんですが、話の山はこれから。

 学校から宿題用として半紙が2枚支給されたのですが、この大きさが妙に半端なのです。一度折り畳んでしまった柔らかい紙の大きさをきちんと測定するのは結構難しいものです。どうやら28cm×80cmと言う所のようですが、ネットを例によってあれこれ見てみると、どうやらこれは新聞紙を横半分に切った大きさ。そう言えば書道の授業で使うから、と言う事で新聞紙を横に切ったものを4枚持ってこいと言われた事もありました。これで書き初めの練習を一応していたのでしょう。それにしても新聞紙を横半分に切った紙なんてどうやって調達したものやら。明らかに素人が紙を切った痕跡もないし…と不思議に思っていたのですが、その疑問は煩瑣な日常の中に埋没したのです。

 さて、他の紙で散々練習して我が子は持たされた2枚の半紙に挑んだのでありますが、何たることでありましょうか、”失敗作”になってしまったのです。(^_^;) 廣島はこういう事に頓着しない質ですが、子どもの時に習字をかなり厳しく習っていて大人になってもペン字等を習い、冬休みの間の練習も散々やらせていたかみさんは激怒。だが、書き直しをしようにも、同じ大きさの紙は近所では売っていない由。

 と言うことで、”失敗作完成”の連絡を職場にて携帯メールで受けた廣島は、仕事帰りの途中下車で某田舎の大型スーパーに駆け込んだのであります。果たせるかな、テナントとして書道道具専門店があるではあ〜りませんか。何たる天佑、おお、店先には書き初め用用紙が山と積まれているのが見えます。これならば、かの珍妙なサイズの紙もしっかりあるに違いない…と勇躍店頭に立った廣島の目に入ってきた文字は

「埼玉…版?」

かの山と積まれていた書き初め用紙は”埼玉版”だと言うのです。大きさは26×78.5cm。微妙に我が子が持ってきた紙と大きさが違います。中年女性の店員に尋ねた所、

「地域によって、紙の大きさは少しづつ全然違うのです」

と宣うではありませんか。実直に商売をしていると思しき彼女は徐ろに厚紙にびっしり書き込まれたメモを取り出して見せてくれました。そこには何タラサイズと言う名称とcm単位の寸法が20は並んでいます。つまり、世の中には書道用紙として少なくともそれだけの種類のサイズがあると言う訳です。この店を鹿児島の人が訪れるとは思えませんから、鹿児島県には鹿児島版のサイズがまたあるのやも知れません。

「昨日は同じように東京都内の学校と言う方が見えましたが、そのサイズとはまた違って、もっと幅が狭いものを探していました。東京ではもっと小さな、ほらこのサイズを使うところが多いようです。」

唖然としている廣島に彼女はトドメを刺しました。

「各学校が指定するサイズはその学校の地元でないと、ないだろうと思います。」

完敗です。大きな紙を綺麗に切るのも到底出来そうにありません。携帯メールで事情を伝えた所、さしものかみさんも引き下がりました。我が子の書き初めはそのまま提出されることとあいなったのであります。


 それにしても、何とまぁ下らないことを日本国はやっているものでありましょうか。書道の紙もA系列にしろ、とは申しません。道を究める書道家が独自のサイズの紙を高価に求めることがあっても良いでしょう。だが、小学生の教育のための書道用紙です。全国統一で何の問題があるものか。当然余分なコストもかかります。1枚あたり20円程度はするのは、この雑多にして煩瑣な紙サイズの種類の多さによるものなのでしょう。

 かくして、”必要な”紙のサイズを決定し、調達するために学校の先生たちは無駄な奮闘を各地域でしていると言う訳です。この下らない努力を生徒の教育に回せたら…。基礎学力低下→総合的学力低下→日本産業の衰退→日本人の派遣労働者化の道は、かようにして着々と築かれていくのでありました。

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Made in USA

仏暦2552年01月05日 月曜日

 2008年末、富士フイルムが展開するデジタルカメラプリント注文受付機「オーダーキャッチャー」が、ビックカメラ立川店にて所謂USBウィルスに侵され、ウィルスを散まいていた可能性が高い由。

 と言うことは、この装置はWindowsマシンだったのですね。これだけ組み込み制御装置のミドルウェアもLinux等のOS群も充実してきている時代にわざわざ高価なライセンス料を払ってWindowsとは、ご苦労様なことです。勿論、セキュリティに対する感覚がゼロであることも天晴れとしか申し上げようもありません。Windowsマシンは大体呪いがかかったようにのろいので電気を食い、冷却のために回すファンの音や立ち上る塵埃が必須でしょうから、美的センスまたはお客様に対する小さな心遣いにも脱帽です。

 それにしても、USBウィルス蔓延の元凶である”リムーバブルメディアを挿入したらば自動的にautorun.inf等を起動する”と言う馬鹿げたスペックをどうして皆さんおかしいと思わないのでしょうかね? Microsoft社の諸君がおかしいと思わないのは彼ら自身がおかしいらしいので別にもうおかしいと言う感じもしませんが、例えばリムーバブルメディアにもし残量が残っていたらば、ユーザーが意図するリムーバブルメディアを挿入すると言う行為の意味は”更に記録すること”であるかも知れない。当該メディアがROM化されていることが確実に一瞬で判別出来るならば話は別ですが。

「一寸考えれば分かる筈」

の珍妙さです。

 ちなみに、BTRONの場合はメディアを挿入したらば自動的に立ち上がるソフトを指定する、と言う事はありません。ファイルのアイコン(仮身)をクリックすれば自動的にソフトが立ち上がると言うよりもそれが普通の使用法では唯一のファイルを開く方法なのですが、拡張子毎ではなく文字どおりファイル毎に別別のソフトが立ち上がるように簡単に設定出来ます。

 閑話休題。

 世の中にはWindowsを高速化等やマトモ化する方法やツールを提供されている方々は実に多いもので、それらの中に当然のように自動再生を遮断する方法も含まれています。その手の雑誌も山のように存在します。しかし、ここまでユーザーが面倒を見てやらなければ、要するに改造してやらなければマトモに使えないとは…。完成していない製品を売られているようなものであり、これもおかしいとは誰も思わないのも、非常におかしい。「冷凍ギョウザ」を買ってきたらば「中に、冷凍された刻みニラ・ニンニク・ひき肉とギョウザの皮が並んで入っていた」としたらば激怒しない人がありましょうか?日本人って、何てお人よしなんでしょう。加えてセキュリティ問題天こ盛りであり、メタミドホスも入っているようなもんであります。

 それとも、WindowsもMade in USAだからありがたいものだと皆さん思っているんでしょうかね? どうも恐ろしい事にその可能性が高いように思えます。だが、つい数ヶ月前のフレディマックとファニーメイの事実上の破綻を思い出してみましょう。これらの企業は債券と言うMade in USAモノを世界中に売りまくっていたのです。日本の各企業等も農林中金を筆頭に合計28兆円程買い込んでいたのですが、これらはもう帰ってきません。

 勿論、リーマン・ブラザーズ等の証券類もとんでもない”商品”でした。と言うよりも、経済の観点からすれば、彼らのやっていたことは、偽金作りだったと言っても良いでしょうね。偽金は例えば両替しては貰えません。同様に、これらの”証券”なるものは満期が来たとしても、$紙幣にすら交換して貰えなかった。それで堂々とホンモノのお金を受けとって売り捌いていたのですから、これらはれっきとした偽金(※なんたる表現!)であります。先般、元日本リーマン・ブラザーズの従業員だった男性がテレビに出ておりましたが、無職で都心の超高層マンションに住み、乗馬と高級乗用車を楽しむ日々を15年続けられる蓄えがあるのだとか。偽金作りは儲かるものなのですね。

 Made in USAと言えば、レーダーに映らないと評判のF-22。”映らない”ためには当然多数の要素技術がある訳で、某航空雑誌によれば、その一つが機体の振動をコンピュータ制御された動翼を使って押さえ込む事だとか。なるほど、となると日本近辺はアメリカや欧州と異なり明らかにタービュランスが多いのですから、押さえきれるかどうか、疑問を持つべきでしょう。

 食品についても同様です。週刊現代1月17日号の椎名玲氏の記事によれば、今年の食品安全の要注意国はベトナムとアメリカだとか。BSE問題を見ても、どれほどアメリカが食品安全についてもダブル・スタンダードをする国かは歴然としていますから、これは見識と言うものです。

 どうも、アメリカ人たちが売っているものがマトモかどうか、もっともっと眉に唾を付けてみる必要があります。

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三井アウトレットパーク入間

三井アウトレットパーク入間
正月散歩第三弾は、三井アウトレットパーク入間。

バスは西武池袋線入間市駅からのみ、無料シャトルバスも消えました。噂どうり道はかなりの渋滞。三十分近くかかる。便数は多い。片道190円。

建物は二階建て、長方形で内周と外周に店が並んでいる。フードコート等が内周の更に内側。よって、4周すればほぼ全ての店を見られる。判りやすく、疲れない。

殆どが服飾や室内インテリアの店なので廣島にはさして興味も湧かないが、BOSEの店があったのは驚き。

やたらに豊かそうな顔をしている人々と服飾店の羅列を見ると、不思議の念あり。これほど豊かに暮らせるほどのことをこの人達はしているのだろうか? この風景は今だけのものになるのだろう、と。

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今日の散歩は石神井公園

今日の散歩は石神井公園
東西に細長い池を中心とした都立公園。写真は石神井公園駅に最も近い東端から。

水鳥の種類がとにかく多い。ウまでいました。

樹木多い。東南部のメタセコイアは一見の価値あり。

細長い公園なので、歩きであり。施設の整備満足。

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高尾山山頂は大賑わい

高尾山山頂は大賑わい
稲荷山コースを辿り一時間半で山頂へ。風殆どなく、暖かい。絶好のハイキング日和。

このコースは廣島を含めて年かさの人々が多かったが、山頂付近は海外からの人達も含めて誠に賑やか。高尾山は行き飽きているほど来たが、これほどの賑わいは確かに凄い。ミシュラン効果は歴然。

病人が出たのか、消防がヘリまで出動していました。

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正月三が日の散歩

激動の序ノ口の仏暦2552年(西暦2009年)が明けましておめでとうございます。

知性とは必然性の認識であります。本ブログ及び本体ウェブページが読者諸賢の因果関係の認識能力向上に寄与することを願って止みません。何故なら廣島は日々己の愚かしさは元より、執着による欲望に支配された人々により苦しめられているからです。


と言うわけで、正月早々に年賀状のことでかみさんと喧嘩(^^;、今日は一日一人で外に出ることにしました。かみさんは年賀状書いています。二学期の成績が振るわなかった我が子は勉強。

さて、今日の行き場所はミシュランで☆がついて妙に賑わっていると言う高尾山と、理不尽な苦境に喘ぐ人々が休むと言うネットカフェです。

遅い朝食は駅ナカの吉野屋。結構羽振りの良さそうな人を含めて一人で動いている男性が数名。店員と同志のような挨拶を交わしています。既製の人間関係が壊れた日本に生まれた人間関係の形。

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