山陰旅行記7

仏暦2552年11月15日 日曜日 掲載

7 2009年08月28日 金曜日:ミミクリーと言うこと―足立美術館にて

 ツァー二日目。

 朝風呂で屋上の露天風呂へ。昨晩の男性が既に入っていて、なにやら東の方向にカメラを向けている。雲に随分隠れた朝日と遠く海岸部に風車が幾つか見えている。発電用風車を見るのは初めて。この朝風呂も人が少なく、快適。

 ちなみに、この旅行でビデオカメラは持参しなかった。動画撮影機能がついたニコンのデジカメ1丁で全てを済ませた。もう3年以上使っているカメラでSDメモリーがまだ高価だった時に購入したので512MB1枚しか持っていなかった。今回2GBを2枚、カインズホームで買い足して用意。合計2GBを少々越える程度撮影したので、故障のバックアップをも考えると必要を満たせた計算。それにしても、512MBは3000円以上はした記憶がある。高速度書き込みタイプと謳っていたものだが、この2GBは2枚で1600円もせず、書き込み速度は同じ。20分の1以下に価格が下がっている計算になる。

 朝食は昨晩とは別の大部屋に椅子とテーブルで。おかずは小グループ毎に豆腐や漬物が大盛りになっている他は、個別。飯と味噌汁は別途盛りわけてくれる。鯛の味噌漬けが出たのが珍しく、また美味。どうも鯛と言うのは北の人間なせいかさして感心しないのだが、この味噌漬けは良かった。

          †

 殆ど秋雨前線と言う感じの前線が南下するとの予報で、所によって雷雨と言うものだったが、結局はバスに乗車する時にざらりと降った他は、これと言う降雨もなく過ごせた。松涛荘の面々は0800にバス乗車。

 バスは交換で、昨日は旅行会社所有のものだったが、2・3日目はレンタル。運転手氏も交代。それにしても、観光バスの運転手のタフさにはいつもながら本当に感心させられる。ガイド嬢は3日連続。

 まず南下して中国山地の中に入り込み、足立美術館に向かう。途中の街並みは、この地域にしては珍しく乱雑で狭隘な家が建ち並ぶ。およそ街並みと言うのが珍しい地域であり、ましてやこのように乱雑なのは珍しい。東京近辺に良く見る昭和30年頃に建てられた小さな一戸建ての町営住宅・市営住宅と言う風情の地域すらある。

 ところで、気にするべきでもないのかも知れないのだが、どうも島根鳥取は花が乏しい地域の印象が残った。家々が質実と言えばそれまだが、とにかく花を植えていない。どちらかと言うと、文化がない地域と言う方が当たっているように思える。そればかりか、野に咲く花さえ乏しい。幾ら真夏を過ぎた花の乏しい季節とは言え、こうも少ないものか。

 足立美術館は非常に評価の高い庭園美術館との由。ガイドは、興味がない人は15分で出てくるのだが入場料は2000円もするのだから、と頻りにゆっくりを勧める。ここではせかせかが多いバスツァーにしては珍しく2時間が取られた。美術館は壮大な2階造り。新館も建設中との由、商売繁盛。北に旭川動物園あり、西に足立美術館あり、と言うところか。あちこちに炭のオブジェがあり、空気浄化とアクセントを兼ねている。窓があちこちに大きく開いていて、そこが額縁だと言う趣向らしい。庭は日本庭園であり、展示品も日本中世・近代美術のみ。みやげ物屋での買い物と恥をかかないように早めにバスに戻る事に力点を置くかみさん、それに影響されている我が子はさっさと先を行く。後で追いついた廣島は”15分クラブ会員”と冷やかしを入れた。

 さて廣島は、日本庭園とか日本画とかの”本質”が何かを考えながら歩いた。至った結論は、

「ミミクリー」

である。日本画にせよ日本庭園にせよ、そこには分析と言うものはない。例えば、日本画においてはこの植物のどこが脈管だとか花の構造はどうかと言う事を殊更に明らかにしようとはしない。まるで写実がないと言う訳でもないが、分析がないからその写生は自ずから限界がある。分析されていないから、ここは徹底的に写生しよう・ここは手を抜こうと言う事も出来ない。だから、のっぺりとした均一な画質になる。日本庭園も同様であり、風に吹かれて陳ねた松を配したりはしているが、常に風に吹かれている場合と季節によって風が違う場合の相違を描き出そう(※成長期の夏に常に強い風が吹くならば、節が非常に短くなるだろう、冬季の雪で枝が折れることが多いならば、折れた枝が目立つだろう、等)と言う事はない。勿論、その地域にある植物を分類して配置しようと言うような事は思いつきもしない。そう言えば、今のこの山陰地方と言うのは働く人々から莫大な収奪を行って何をやっているかと言えば、

「麗しい故郷のミミクリーを造り、維持する」

と言う事を延々とやっているのである。ご苦労なことだ。

 だが、そもそも今日の日本では非常に多くの部分が”ミミクリー”をしているのに過ぎないのではないのか?仕事をしている降り、生産をしている振り、何かやっている振り、をしているだけ。そこには例えば、

「生産的であると言うのはどういう事か?」

と言う分析はない。それに対してカネを出す人がいるから、命令されたから、親も同じことをやっているから、慣例でずっとやっているから…。これらの一つ一つが必ずしも生産的である訳ではないことを論じるのは簡単だ。例えば、殺人をカネを出して依頼する人間がいるから、そこに市場があるから、それは適切な需要だ、と言う訳はあるまいに。

 日本人のミミクリーへの傾倒は、最もリアルでなければならない筈の戦争においてさえ、遺憾なく発揮される。以前に見た靖国神社の記念館での第二次世界大戦当時の日本の戦車(※防護壁がフライパンと同じレベルの鉄板で出来ていたと言うチハあたりだった)のあしらいも思い出す。緑色のペイントをむやみに厚く塗り込め、構造の理解もへったくれもない状態だった。これも、分析を拒絶し、戦車そのものを戦車のミミクリーと化する奇怪な行為である。兵器と言えば、日本人が作る兵器はどこもかしこも均一に綺麗に手を入れていて、重要な部分の頑丈さや性能が足らず、他方無用な所が綺麗だと言う評価が良くある。日本画と同じ。分析がなければ、当然統合は存在しない。どうも、

「麗しいウヨ的日本人は分析や論理を拒絶し、ミミクリーに傾倒する」

と言う事なのだ。そうやって

「戦争のミミクリーをやったのが、日本にとっての第二次世界大戦」

だったのかも知れない。目的や意図がない戦争なぞ、戦争の名に値しない。何しろ大変な犠牲を払うのだから、それに見合うだけのものが得られるように目的や意図を透徹させなければならないのに、無目的かつどうやって戦争を終結させるのかを考えもせずにやってしまったのである。

 ところで、全体に暑いから、あちこちでペットボトルの水や薄めのお茶等を購入してちょくちょく飲む。買い物の点数ではペットボトルが一番だったかも。水のペットボトルには宿で水を入れて、冷蔵庫が使えるならば冷蔵庫で冷やしてから持ち出すと言ういじましい事もやって水分補給。人間、水分と栄養分がなければ生きていけない。

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