山陰旅行記18


仏暦2552年12月25日 木曜日 掲載


18 締め括り:哀れ日本は、流浪の風の中…

 こうして旅は終わったと言う事になる。廣島は、田舎・地主・土建に注ぎ込まれた莫大な投資の結果を見た。それらは単に麗しい日本の故郷を演出するだけのミミクリーに終わっており、生産力を維持・向上するのに何ら寄与しないであろうことを見た。今や、ミミクリーに注ぎ込んだ残渣たる国債と地方債の残高は1300兆円に上っている。

 これらは、返済されない可能性が高まる一方である。日本人は日々の生活の糧を稼ぎ出すのに精いっぱいで、返済するだけの余剰生産を行い得ないであろうからだ。何となれば、これらの借金によって行われた莫大な投資は、田舎・地主・土建たちを麗しく存在させ続けるだけに終わったからである。彼ら、投資を受けた連中の生産力は何ら向上しなかった。

 東京田舎、と言う言葉がある。首都東京の道路や街並みが実にこ汚い事を、田舎の連中があざ笑って言う言葉だ。世界のどこでも、首都は麗しく設えられているものだ。財貨が集積され、繁栄しているものだ。恥ずかしい事に、日本だけがそうではない。税として大都市部から奪ったお金を、田舎に地方交付税や補助金等の形で湯水の如く散まいた結果である。田舎で生産された財や田舎での労働賃金を、大都市部に比べて極端に高価に人為的に値付けし続けた結果である。最も生産的である筈の大都市部、分けてもその首都は、生産力を奪われた。観光をする外国人すら希になってしまった。誰がこ汚い所に来るものか。

 他方、日本がアメリカ合衆国に騙され、脅されて貸し出したカネは、政府が購入したアメリカ国債と地方債だけで700兆円に上っていると言う主張がある。

 これらは、帰ってこない。彼の国の横柄で強欲で、戦争以外これと言う事を成すこともない肥満し切った人々の群れを見よ。膨大な穀物生産力も、化石地下水であるオガララ帯水層によって維持されているに過ぎない。多くの鉱物資源も、彼らの強欲を満たすだけで精いっぱいだ。彼ら、投資を受けた連中の生産力は何ら向上しなかった。

 よって、これから日本は

「2000兆円以上の、貯めてあった筈のお金が消えてなくなる時代」

を迎える。実にGDP5年分だ。これでも今、日本人はお金がまだある振りをしているだけだ。

 どうして日本人はまだお金がある振りが出来ているのだろうか?理由は簡単だ。膨大な国債と地方債の殆どが国内で購入されているからである。だが、くだくだと記したように、これら国債と地方債で購われた事物は

「生産力の向上や維持にちっとも回っていない」

のである。花見酒経済と言う言葉は余りにも有名だが、日本は借金において”マイナスの花見酒経済”をやっているのである。

 ”2000兆円以上の、貯めてあった筈のお金が消えてなくなる”と言うのは例えば、貴方の年収が300万円だったとして、それでも1500万円の価値のある自宅があるから何とかやっていけると思っていたらば、ある日その自宅が崩れ落ち、月々10万円もの家賃を払わなければならなくなるようなものである。貴方は生きていけるのか? はたまた、貯金が1500万円あるから何とか仕事がなくなった後も当面は生きていけるだろうと思っていたらば、その貯金が消えてしまったとする。貴方は何かコトが起こった時に生きていけるのか? 2000兆円の”あった筈のお金がなくなる”と言うのはそういう事である。

 当たり前に働き、働いた成果で楽しみ、次世代に成果を引き渡して静かに死んでいくのが、人間らしい生き方であろう。だが、このままでは2000兆円の”あったハズのお金がなくなる”のだから、廣島を含めてこれからの日本人はそのような人生を望むべくもなくなる。先行きが見通せず、詰まらない仕事であくせくと働くばかりで楽しみもなく、自分が生きてきた証というべき踏み跡はたちまち風雪にかき消されていく。これは、

「流浪の人生」

と言うべきではないだろうか?流浪と言う旅が、ツァーと言う、計画し得る心地よい旅に戻る時代が来るだろうか?

 山陰旅行は終わった。日本社会の流浪と言うあてのない旅は、どうやら今始まったばかりのようである。

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